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≪サロン長 塩田啓子の体験談≫

長いです。でもぜひ一度読んで下さい

私がアザレに出会ったのは28歳の頃でした。



子供時代

それまでの私の肌人生は、悲惨なものでした。生まれながらにして肌が敏感で、おむつかぶれるから始まり、
いつもかゆみや湿疹との闘いで、ステロイド軟膏は我が家の常備薬でした。
小学6年生の時、顔にできた湿疹を薬を塗って治しては、また湿疹が出るというのを繰り返し、ついに副作用で
顔がまっ赤に火照り、学校に行くと、先生が「薬は使わない方がいいよ」と教えてくれました。
子ども心に、薬が悪いものだなんてびっくりしたのを覚えています。


進路

高校生になっても、相変わらず肌は弱いまま。副作用で頬の皮膚が薄くなり、赤いのがとても恥ずかしく、
うっすらとファンデーションで赤みを隠して通学していました。そして卒業はエステの専門学校に進学しました。
人に喜んでもらえる仕事がしたい」と思ったからです。
ところがこの頃、私の肌の湿疹は、顔だけではなく首や関節、頭皮へと広がっていました。
卒業間際のサロン実習では、配属先の店長さんに「あなた、お客様の前に顔を出さないでね」といわれる状態が続いていました。


エステ時代

エステサロンは3店で働きました。
1店目は有名店でしたが、時間の拘束がとても長く根性無しなので辞めました(笑)
2店目はスポーツクラブ内のサロンでした。人間関係も良好で、仕事もとても楽しかったですが、いつしか
お客様の肌にもっと結果の出る仕事がしたい」と思うようになり、3店目のフェイシャル専門店に移りました。
そこは高価な機器を使った施術が中心でニキビや濃いシミなど、トラブルを抱えたお客様がたくさん通っていました。
キャンペーン時期になると、全店舗競争で、店長の鼻息が荒くなり、来店したお客様は、帰り際カウンセリングルームに通され、
何十万、何百万のチケットを契約します。施術ルームでは私達新人が2人で8台のベッドを回します。
結局エステってお金?」大手のエステサロンの現実に失望すると共に私は将来独立して、私らしいサロンを持ちたいな、
と夢を描くようになりました。



運命の出会い

そのうちに結婚して私も母になりました。そして2番目の子を妊娠中にアザレに出会いました。
友達の家に遊びに行くと最近彼女が事務員として働き始めた化粧品会社の話になりました。
それがアザレでした。「おばあちゃん達の肌がみんなきれいなんだよ
この言葉がとても印象的でした。私は肌が弱いので皆より老化が早いのでは?と秘かに恐れていましたから。
帰りにサンプルをもらって早速使ってみました。「あれ?今までと違う」これが第一印象。すぐに友達に電話して
「あの化粧品がいいから買いたいんだけど」
「私、アドバイザーじゃないから、ちゃんと説明できないのよ。講習会出てくれれば買えるよ」
「えーっ?!講習会?私妊婦なのになぁ・・・」
しぶしぶ行ってみることにしました。



講習会

千葉駅近くのホテル内の会場はたくさんのお客さんでいっぱいでした。友達のいう通り、本当におばあちゃん達の肌がきれい・・・
未知の世界に足を踏み入れた感じです。
講習会は、本格的な、肌の働きや、化粧品の危険性など、かなり深い内容でした。
昼食後は洗顔指導を受けました。グリーンの石鹸を固く泡立て、肌に乗せた瞬間、懐かしいような不思議な
気分になりました。でも、くすみのある赤ら顔を人前にさらずのは本当に恥ずかしく、メイクデモのモデルになって。と、
言われたのですが、内心とっても嫌でした。
そして帰りの電車で「アザレのファンデーションってなに?これ!こんなに軽かったら、肌が隠せないじゃない。」と、
思っていました。(←講習会の話をちゃんと聞いてない人)



スタート

それでも「よし!使ってみよう!」と思い、基礎化粧品を買い揃えました。やはりファンデーションにはすぐに手が出せずにいましたが、
友達が何度も「ファンデーション使わなきゃ絶対にきれいにならないよ。」と言うので、結局ファンデーションも使うことにしました。



転換現象


アザレのファンデーションにも何とか慣れてきた頃、肌にカサカサ感と、シワっぽさが現れました。その時は、ひたすらガマンで
やり過ごしましたが、後から考えると、転換現象でした。
アザレに全て切り替えたことで、肌の排泄作用が高まり、今まで肌に浸透し、残留していた石油系化粧品等の「異物」が
外に押し出される時、一時的に肌にカサカサやプツプツなどとなって現れる現象のことです。
転換現象が抜けると、シミが浮かび上がっては消えていき、使い始めて1年ほど経った頃、鏡に映る自分の肌に透明感が
戻り、一年前の肌とまったく変わったことを実感しました。
そして、なんと、ステロイドを初めて一年使わずに済んだのです。



アドバイザー


その後、友達が遠くへ引っ越し、ご近所に住むアドバイザーさんとのお付き合いが始まりました。
同世代の明るい方ですぐにうちとけると、ある日「アドバイザーにならない?」といわれました。
アザレはとても良い物なので、断る理由もなくアドバイザーになることに。
講習会を2回受けて、試験を受けて、ギリギリで合格し(笑)無事登録となりました。
アドバイザーになったことはすぐに保育所のママ友達に報告しました。
するとすぐに何人かの友達が「使ってみたい」と言ってくれ、団地の我が家の洗面所で、石鹸の泡立てを教え、
ファンデーションの付け方を教えました。
みんな「すごくいい!」と喜んでくれ、ある日、その中の一人から「アザレを教えてくれて、本当にありがとう」と
感謝の手紙をもらったのです。
すごい感動でした。同時に衝撃でした。
売ってるのに感謝される仕事ってあるんだ?!」



シャンプー


その頃、実は秘かに闘っていることがありました。シャンプーです。先輩アドバイザーさんに
「アザレのアドバイザーなんだから。石けんシャンプーに切り替えなきゃダメよ。合成シャンプーは
肌にも体にも悪いよ。」と言われ、使い始めたのですが、ロングヘアがギシギシになりました。
シャンプーはなかなか泡立たないし…。
「私の髪ってこんなに傷んでたんだ!!」と言うことを初めて知りました。今まではシリコンスプレーなどで
サラサラにコーティングしていたので気づきませんでした。
でも、どんなにギシギシでも泡立ち悪くても、合成シャンプーに戻す気は全くありませんでした。
「これですべて石油系とおさらば」と思うと、後戻りはしたくありませんでした。
そして、3ヶ月程経ったある日、「これが、本当に私の髪!?」と言う程、いい髪になったんです。
ある日、突然です。
正直、この感動はお顔の肌の5倍の感動でした。



活動


感動は人に伝えたくなるもの」たくさんの人にアザレの話をしました。そして、使い始めると、
面白いほど、みんなきれいになりました。
ニキビ肌で皮膚科に通っていた友達のニキビが消え、色黒だと思っていた友達が色白になり、従姉の両頬のシミが消え、
薄毛で悩む母の髪が増え…アドバイザーになって、アザレの本当の凄さを知ることとなりました。
『すごい!こんな化粧品他にない!私は今までとんだ勘違いをしていた。エステよりも24時間肌についている化粧品の方が
こんなに重要だったんだ
。しかも、この効果。
これはどんどん拡めなきゃ!千葉県中に拡めなきゃ!アザレを拡めれば、エステよりも一度にたくさんの人の肌を
きれいにできる』そう思うと武者震いがしました。



変化


アザレを拡めるほどに、もっと知識を得たいと思うようになり、講習会に何度も足を運びました。
勉強嫌いで飽きっぽくて、何をしても続かない私が、少しずつ自信を持てるようになりました。
アザレは私にたくさんのことを教えてくれました。
・人間の自然治癒力の大切さ
・植物や自然の素晴らしさ
・自分が合成洗剤で環境を汚してきたこと
・肌が健康になると、心も変わること
・肌も心もいつからでも変われること
などなど、人生観がすっかり変わりました。アザレの仕事は、どんどん進化を求める世の中とは真逆の、川の流れに逆らうような
活動だけど、私の中では常に確信があります。川の流れは正しい方向に流れ始めます。



笑顔


アザレを使うとみんなきれいになる。そして、みんな笑顔になる。
笑顔は人間の本来の姿です。そして、笑うと人生が好転していきます。これからもたくさんの笑顔の為に、
愛と勇気とおもいやりの心でアザレを拡めて行きたいと思います。
いつかまた昔のように子供たちが川で水浴び出来るようなそんな世の中になることを祈って…
読んでくださってありがとうございました。

アザレ・ピュアスマイル
塩田啓子



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